ippo2011

心のたねを言の葉として

「あの日 昭和20年の記憶」4月11日 (NHK出版) 藤子不二雄A(漫画家)当時11歳

「あの日 昭和20年の記憶」4月11日 (NHK出版)
藤子不二雄A(漫画家)当時11歳

 

この日は、富山県高岡市から新潟県境に近い山崎村に疎開していた。7時くらい、お宮さんでラッパを鳴らすと、僕らの村の小学生が一緒になって、20分かけて学校へ。校門の前に何十本も縛って置いてある竹を木刀で100回くらい「米英撃滅」と言いながらどんどん叩く。それをしないと中に入れない。6年生になると、先生がみんなに竹槍を作らせる。切ってきた竹の先端を斜めに切ってそこに油を塗って焼くと、非常に硬くなる。講堂でその槍でみんないっせいに突く練習をする。

 

 山がすぐ近くにあって、学校から全校生徒が山へ山菜を採りに行く。いっせいに散らばり、採り始めるが僕は山菜どころか、山に登るのも大変で、どこに何があるのかさっぱりわからない。でも、ザックをいっぱいにしなければ、学校に帰れない。僕がオロオロしていると、以前に僕がメンコにボスの似顔絵を書いてあげたガキ大将たちが、自分たちが採ったたくさんの山菜を分けてくれた。ガキ大将だが、そういう優しい面もあったことがすごく印象に残っています。(抜粋)