「胃袋からの属国化」がもたらした令和の米騒動――飢えない未来のため私たちは何をすべきか 東京大学大学院特任教授・鈴木宣弘
生け贄にされてきた食と農
「令和の米騒動」がなぜ起き、なぜ収まらないのか。その理由を考えると、米国による戦後の占領政策に遡る。戦後の日本は、米国の余剰農産物を消費させるため、コメ以外の農産物関税が一気に撤廃させられた。それにより日本の麦やトウモロコシは一度壊滅したが、それでもまだ「日本人がコメを食べていると米国の小麦が胃袋に入れられない」と問題視し、慶應大医学部教授に「コメを食べるとバカになる」という本まで書かせてベストセラーにした。
日本人の食生活を改善するという名目で、その実、日本の農業を弱体化させ、米国の農作物に依存しなければ生きていけないようにする。「胃袋からの属国化」――これは東京大学名誉教授で経済学者の故・宇沢弘文先生がシカゴ大学におられたさい、知人から直接聞いた話だという。
この占領政策によって、日本ではコメの消費が減っていく流れがつくられた。その後、徐々に農業生産が回復し、増産できるようになると当然コメが余る。生産調整せざるを得なくなり、それをやり過ぎたために今回ついにコメが足りないという事態に及んだ。
もう一つの流れは、米国の思惑を利用した経産省中心の経済政策である。米国を喜ばせるために食料・農業を生け贄として差し出し、その代わりに自動車輸出でもうけて、食料は安く輸入すればいい――それが日本の食料安全保障であり、経済発展だと考えた。ところが今回の米騒動とトランプ関税で、この経済政策も最終局面を迎えてしまった。
日本の差し出すリストに残っているのは、コメぐらいしかないという状態になり、米国が突きつけてきた自動車関税25%の脅しに屈してコメ輸入枠を拡大。まさに「盗人に追い銭」交渉である。コメは日本人の生命の要。切ってはならない最後のカードを最初から出して土下座するなら交渉にはならない。これによって、これから毎年60万㌧のコメを米国一国から必ず買わなければならなくなった。日本最大のコメ産地である新潟県の年間生産量(59万㌧)よりも多い量だ。
では、その見返りとして自動車は利益を得たのか? さも頑張ったかのように演出した報道とは裏腹に、現実は25%関税で脅されたものを15%に下げてもらっただけだ。これまでの自動車関税が2・5%だったことを考えると全部とられたに等しい。泥棒にお金を出して許しを請うたのだから当然の結末だ。これに米国は味をしめ、「日本はいつでも自動車で脅せばいくらでもむしり取れる」という構図になってしまった。
今回の米騒動は、この米国の思惑と完全に一致した。「コメが足りないから輸入するしかない」ということで、輸入米を増やすストーリーができてしまった。
さらに米騒動を解決できない大きな要因が、財務省の予算配分だ。米国からいわれたものは何でも買う。ミサイルやオスプレイなど、まともに飛ばない武器の在庫処分のために100兆円規模を出す。トランプ関税で日本が買うことを決めたボーイング社の航空機100機も在庫処分だ。
そのくせ緊縮財政だから、米国への支払いのためにどこかの予算を切らなければいけない。その対象として一番切りやすいのが農水省予算だ。財務省で一番出世するのは主計局で、なかでも最も出世しやすいのは農林担当だという。農水省が一番いうことを聞かせやすく、予算をたくさん削減できるから実績が上がるのだ。最も国民の命にかかわる予算をそのような対象にしか見ていない。
農水予算の推移をみても、1970年代は防衛予算のほぼ倍の約1兆円(総予算に占める割合12%)あったものが、50年以上たった現在(2023年)、総予算は14倍になったにもかかわらず、農水予算はわずか2・3兆円(1・8%)。防衛予算は10兆円規模にも膨れ上がっている。
どう考えても、命を守るのは武器ではない。食料とそれを生み出す農業だ。その予算だけが歪に減らされている。こんなことをしていたら農業は持続できなくなり、食料自給率は下がる。そういう中で私たちは世界情勢の悪化に直面した。

