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心のたねを言の葉として

ランク付けする社会で人は幸せになれるのか 山田洋次

ランク付けする社会で人は幸せになれるのか…映画「こんにちは、母さん」下町舞台に恋する母と戸惑う息子の物語 映画監督 山田洋次さん

2023/9/10 しんぶん赤旗


 客席のあちこちから、くすくす笑いが聞こえ、見終わった後にポッと心に灯がともる。公開中の映画「こんにちは、母さん」は、そんな作品です。山田洋次監督(91)90作目は、東京の下町向島が舞台の、恋する母と戸惑う息子の物語でした。板倉三枝記者

 

 永井愛さんの戯曲が原作です。22年前に舞台を見た監督は、いつか映画化を、と願い続けてきました。
 「お母さんのキャラクターが面白いな、と思ったんです。加藤治子さんが演じてたんだけど、乾いた感じで笑わせた。孫もいる年で彼氏がちゃんといて、結婚するとかしないとか。息子が振り回されているという」
●息子の「エゴ」
 初老の男性のラブロマンスは描かれても、その逆はほとんどない、と話します。
 「いい年の息子からすれば、『やめてくれよ』と。お母さんだって一人の女性なのだから、嫌だというのは間違いなんです。だけど息子にとって母親は聖なる存在で、男を好きになるなんて、とても思いたくない。男の子のエゴイスティックな偏見ですね」
 恋する母親像には、自身のお母さんの姿も投影しています。
「僕のおふくろは再婚していますから。父親がいたのに家を出ていった。田舎だったから大変なスキャンダルになりました。僕もショックでした。でも、しょうがないと諦めた。おふくろは自分の生き方を肯定していたからね」
 映画では、亡き夫が残した足袋屋を守りながらホームレスのボランティアに励む母親・福江を吉永小百合さんが演じています。恋の相手はボランティア仲間の牧師(寺尾聰)。息子の昭夫(大泉洋)は過酷な競争をへて一流会社の管理職に上り詰めますが、妻とは別居。人事部長として同期の親友(宮藤官九郎)をリストラする羽目になります。
 「そこで大きな矛盾にぶつかって苦しむわけです」
 映画では、原作にない大学生の孫娘・舞(永野芽郁=めい)が登場。自分への失望を隠さない母のもとを飛び出し、祖母の家に身を寄せます。祖母の恋を応援し、父が購入した高層マンションより近所の人が自由に出入りする祖母の家の方が落ち着く、と訴える舞。夜間中学を舞台に「本当の幸せとは何か」を問いかけた映画「学校」を想起させる場面です。
●いい大学への進学や出世 卑俗な価値観が若者苦しめている
 「この子は大学受験に失敗しているわけですよ。いい大学に行くことが幸福の第一のステップである、という父親の貧弱な考え方に反発する。人間をランク付けする今の時代の価値観が若者を一番苦しめているんじゃないかな。出世するかしないか。どれくらい報酬があるか。そんな卑俗な価値基準しか持てなくなっていることへの抗議だと思うんです」
 効率優先で人間が切捨てられる社会。生成AIの登場で、その流れが加速することに警鐘を鳴らします。
 「これは人類史的な大きな問題じゃないのかな。それで人間は幸せになるのか。『すごい』と言いながら、AIの進歩については誰もが不安を抱えているわけでしょう」
●老人が幸せに
 福江が「母さんが怖いのは、いつ歩けなくなるか」と老いへの不安を息子に吐露する場面も印象的です。
 「老人は、一人残らず考えていることでしょう。それを僕たちは、だましだまし生きているわけ。とりあえず明日は大丈夫だと。
 だから、年をとっても大丈夫ですよ、となれば、どんなに僕たちは安心か。老人が幸せな国にすれば、若者も安心して子どもを産むんじゃないかな」
●日本は世界でどう振る舞うべきか「戦争はやめよう」と、言い続けることじゃないかな
 作品の根底には、下町の暮らしぶりへの敬意があります。
「日本の政治は、明治、大正、昭和とどんどん悪くなってファシズムにまい進していくのだけど、それとは別に民衆の暮らし方というのがあった。特に下町では、賢く助け合って生きてきたのではないか、と僕には思えてしょうがないね」その下町を火の海に
したのが1945年の東京大空襲でした。映画では、ホームレスのイノさん(田中泯)が体験した、東京大空襲言問橋の悲劇を象徴的に描きました。
 「イノさんの名前は『学校』で田中邦衛さんが演じた役名から取りました」「東京の下町について考える場合、3月10日の空襲を無視するわけにはいかないと思うんです。一晩で10万人、広島の原爆に匹敵する人が死んだわけだから」
 「日本は戦争は〝絶対しない〟と憲法に明記されている国なのに、マスコミは戦争の可能性を書きたてているような気がするね。今の時代に日本はどう振る舞えばいいのか。『戦争はやめよう』と言い続けることが、世界における名誉あるポジションじゃないかな」