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心のたねを言の葉として

ノーマライゼーション    一歩

ノーマライゼーション    一歩

 

 

 私の勤務する中学校には、授業中に、自慰行為をしてしまう男子生徒がいます。
 彼のIQはとくに低いわけではありません。教師の言葉は理解できますが、授業にはほとんど参加せず、妄想にふけり、奇声を発したりして周囲の生徒を驚かせたりします。もちろんノートはとりません。ノートをとろうねと注意すれば、書き始めますが、1分と続きません。性的なことに対する執着が強く、小学校では授業中に性的な言葉を発して、授業を混乱させるということが頻繁にあったということです。中学ではそれはほとんどなくなりました。しかし、思い通りにならないことがあったり、強いストレスにさらされると、他の生徒がいる授業中に、自慰行為を始めます。
 この生徒は、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、広汎性発達障害アスペルガー)、などいくつかの診断が下されています。本来なら、特別支援学級に進み、彼のような生徒をサポートしてくれる環境で力を伸ばしていく方がいいのですが、普通学級にいます。普通学級で学習したいという本人と親の意思を尊重することが第一に求められているためです。

 ノーマライゼーションという言葉があります。障害を持った人も健常者も一緒に生きていくという社会福祉の理念です。わが国では、1993年(平成5年)にノーマライゼーションの思想に基づき障害者基本法が制定されました。学校でもこの理念に立ち、教育活動が進められています。しかし、ノーマライゼーションを実現するためには、サポートする人、施設設備の改善、法的な整備などまだまだ不十分なことが多いのが現実です。
 ノーマライゼーションの名のもと、AD/HD、アスペルガーなどの障害を持った子どもたちへの教育が現場の教師の新たな課題として突きつけられるようになったのは、10年くらい前のことです。
 今私たちは、授業中にぼーっと外を見ている子どもを頭ごなしに怒れないことがあります。その生徒がAD/HDであれば、授業中のよそ見は障害のためだからです。そんな生徒が授業に集中できるように、その授業の目標や流れを視覚化して把握させること、時間の区切りを明確にすること、そして個々の能力に応じたきめ細かな指導が求められます。
 授業中に自慰行為をしてしまうような生徒は特殊な例です。私の勤務校でも彼だけです。しかし、程度の差はともあれ、AD/HDやアスペルガーなど教師の指示を一回で理解できない、周囲の生徒とコミュニケーションがうまくとれない生徒は各クラス4,5人はいます。

 ノーマライゼイションを学校で実現するためには、まず教師を増やすことです。各授業に最低二人の教師が必要です。
 そして、イギリスの「特別な教育的ニーズコディネータ-(SENCO)」のような、特別支援のためのスタッフが必要です。障害を抱えた生徒をどのように指導していくか、その生徒にあった特別な指導計画を考えていく、特別支援のためのスタッフです。
 特別支援のスタッフは、専門的な立場から、その生徒の障害の中身を診断し、指導計画を立てます。そして、その指導計画の共通理解を担任、副担任、保護者、本人とではかりつつ、担任、副担任、教科指導の教師がチームとなって指導計画を具体化します。このような流れで、特別支援の生徒が普通学級で他の生徒と一緒に学習を進められれば、きめ細かい指導が可能になるでしょう。
 しかし、特別支援のスタッフの計画を2次、3次と修正しても、指導がうまくいくとは限りません。そうなったときは、養護学校など専門的な教育機関への転学も検討しなければなりません。それは、特別支援のスタッフと、地域のソーシャルワーカーが判断していくことになります。このスタッフは、校内の支援体制を調整するだけでなく、外部教育機関、福祉・医療機関との連携をはかっていくことも役割に含まれます。
 このように、通常の指導が困難と判断される特別支援の生徒が出た場合、その生徒の指導を特別支援のスタッフが引き受けるという制度を作る必要があります。

 教員の数を2倍に増やし、特別支援のスタッフを各学校に常駐させること。これだけでも、かなりの人とお金が必要です。
 しかし、日本の公的な教育予算は、欧米に比べてかなり低いものとなっています。OECDの調査「公財政教育支出の対GDP比(2006年)」     http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/education/20090908eag.pdf
によれば、GDP比は欧米の5%に対し、日本は3.3%にすぎません。
 
 普通学級の特別支援について長々と書きましたが、公立の小中学校が抱えている問題の一端をおわかりいただけたかと思います。しかし、学級には、知的障害や情緒障害の生徒の他に、心臓やぜんそくなどの健康面の不安をもっている生徒、リストカットしている生徒、家庭が不安定な生徒、警察のお世話になっている生徒など様々な生徒がいます。一人ひとりの抱えていることを解決していくためには、それぞれの専門分野からのサポートが必要です。

 そして、学力の問題。基礎学力の定着と、より高い次元の知的能力の向上。文系、理系のあらゆる分野に対応できる、多様で、専門的な教育を実現するために、「人」「お金」が どれくらい必要なのか。私は、特別支援のケースの2倍から、3倍は必要かと思います。

 


 ノーマライゼーションの導入が、「生徒たちのツケ」となっているのではないか。それは、現実として、否定できません。「~ちゃんと違うクラスにしてください。」そんな声が学校に寄せられるれることもあります。

 ノーマライゼーション導入にあたり、私たちも「人」の増加、「施設」の向上、「法」的な整備を求めました。しかし、「特殊教育」から「特別支援教育」に変わり、学校教育法や学校教育施行規則は改正されましたが、教師の人数は増えませんでした。特別支援の学級はそれまでの特別教室をつぶしてつくる、これが今全国どこの小中学校でも行われています。

 文化省は、特別支援教育推進のために、「特別支援教育コーディネーター」を置くこととしましたが、これも教員が増えたわけではありません。学校内の誰かが、それまでも仕事に加えて、「コーディネーター」になっているというのが現場の姿です。

 学校教育の改善には、人を増やし金をかけることが必要です。こどもたちは勿論、教師にとってもゆとりのある環境が大切です。

 

2011年8月