ほかげ
塚本晋也監督の信念と葛藤。
文・今井一(ジャーナリスト)
構想20年の末に撮った『野火』。
塚本晋也さんが監督・主演を務めた『野火』(原作:大岡昇平)が、2014年にヴェネツィア国際映画祭や東京フィルメックスなどで上映され、その翌年に日本国内で一般公開された。
「塚本晋也が監督をして主役も彼がやった? そんなものが、市川崑監督が撮った『野火』(1959年)に優るはずがない。だけどまあ、一応観てみるか…」
といった気持ちで劇場に足を運んだ私だったが、スクリーンに映し出された塚本版の『野火』の秀逸さに驚き、失礼な予断や思い込みが一気に吹き飛んだ。
『野火』©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
塚本さんがこの『野火』を撮るにあたって20年ほど構想を練っていたことを後になって知る。監督デビュー作の『鉄男』(1989年)などそれまでの一連の作品とは全く異なる世界、テーマに挑むべく彼は着々と準備を重ねていたのだ。
そのテーマとは「生きること、死ぬこと」「人が人を殺すこと、人が人に殺されること」であるように思う。
高い評価を得た『野火』の公開から間もない2017年1月、『沈黙─サイレンス─』(監督:マーティン・スコセッシ/原作:遠藤周作)が日本で公開された。
塚本さんは、公開数年前にこの作品のオーディションに臨んで役をつかみ、隠れキリシタンのモキチ役を好演した。
そして、『沈黙─サイレンス─』に俳優の一人として関わるなかで、彼はまた「生きること、死ぬこと」「人が人を殺すこと、人が人に殺されること」について思いをめぐらせたはずだ。
蒼井優、池松壮亮を擁して撮った時代劇『斬、』(2019年公開)においても、そのテーマ性は変わらないように思える。義は自分の側にあると刀を抜き、斬り合いをすれば、結局みなが破滅するだけ。「身を護るために敵を殺す」ことは、「殺される」ことにもなり、その連鎖はとめどない。
『斬、』©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
ロシアのウクライナ侵攻直後に撮影された『ほかげ』。
そして、塚本監督はその深刻なテーマを抱えたまま、今回の『ほかげ』を撮った。主演の「女」は、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」のヒロインを演じる趣里。そして彼女のところに飛び込んできた戦争孤児を塚尾桜雅(おうが)が好演。また、ダンサーとしても知られる森山未來が重要な「謎の男」の役を演じている。
『ほかげ』©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
この『ほかげ』の撮影は、ロシアのウクライナ侵攻直後に行われている。プーチンによる軍事攻撃に遭ったウクライナ市民の多くは、自国の権力者に命じられてではなく進んで銃を握っている。もちろん侵略ではなく、自衛、防衛のためだが、「護ること」は、「殺すこと」になるのが必定。
塚本監督は、そうしたウクライナやガザで起きている現実を見聞きしながら、日々葛藤しているはず。それでもきっと「たとえ理不尽な仕打ちを受けようが、攻められようが、何があっても戦争をしてはならない」という彼の信念は変わらないだろう。
塚本監督の思いについて、ぜひインタビュー動画をご覧いただきたい。
インタビューの聞き手/今井一(ジャーナリスト)