「被害者救済を渋る国の姿勢がまたも…水俣病訴訟で控訴、その理由とは 原発事故被災者にまで広がる波紋」
東京新聞2023年10月12日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/283093?rct=genpatsu
「水俣病の未認定患者が損害賠償を求めた訴訟。一審判決で支払いを命じられた国は10日、大阪高裁に控訴した。被害者救済を渋る姿勢が鮮明になる中、国に厳しい視線を向けるのは高齢の原告らだけでない。東京電力福島第1原発事故で被災した人びと、支援に回る研究者もだ。水俣と福島に共通する課題とは。水俣病の訴訟はどんな関わりを持つのか。(岸本拓也、安藤恭子)
◆「水俣も福島も国は責任を取らない。一体、何のための政治なの」
写真:処理水の海洋放出が始まった東京電力福島第1原発
「正直者が、正直なことを言ったら、それはうそだとはね返される。ひどいものだよ」。福島県飯舘村から福島市に避難する菅野哲ひろしさん(75)は、水俣病の訴訟で原告側の訴えに耳を貸さず、控訴に踏み切った国の姿勢を批判した。
2021年、原発事故後に被ばくを強いられたとして国などを相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こした原告団の代表を務める菅野さん。「水俣も福島も国は責任を取らない。一体、何のための政治なの」
◆原因企業をつぶさずに補償させ、国は前面に立たない
福島と水俣を重ね合わせる向きは少なくない。
水俣病など過去の公害被害を研究し、原発事故後は福島の被災地を調査する一人が大阪公立大の除本理史よけもと まさふみ教授(環境政策論)。「共に巨大な公害。被害実態に見合った補償がなされていないことも共通する」
その補償のやり方も似ている。「加害企業をつぶさずに、国が資金繰りを支援することで賠償を進めている」。国が前面に立たずに済むこの手法は、水俣病の原因企業の名にちなみ「チッソ方式」と呼ばれる。除本さんは「原発事故にも引き継がれた。救済を限定して被害者を切り捨てるやり方が問題の長期化を招いている」と指摘する。
◆公害の歴史で繰り返されてきたやり方
今回の水俣病訴訟は、09年施行の水俣病被害者救済法(特措法)で補償を受けられなかった128人が起こした。大阪地裁は9月の判決で原告全員を水俣病と認定。国などに1人275万円の賠償を命じた。しかし国は熊本県やチッソともども大阪高裁に控訴した。
補償を渋る思惑は何なのか。国学院大の菅井益郎名誉教授(日本公害史)は「自分たちの責任逃れと同時に企業の経営面を考えているのだろう」とみる。
チッソに補償を続けさせるため、熊本県債を発行するなどして得た資金をチッソに貸し付けてきた。その公的債務残高は今年3月末時点で約2000億円に上る。
「国や県はこれ以上、補償が増えることを懸念している。国は企業に補償を押しつけ、企業は企業で補償を渋る。共に責任を負わずに、被害者をないがしろにする。このやり方は公害の歴史で繰り返されてきた」
◆何十年もないがしろにされた水俣、原発事故でもそうなるのか
国は1956年に水俣病を公式確認したが、公害と認定したのは12年後。対応が後手に回った上、「補償が不十分」と賠償を求める訴訟が各地で相次いだ。
95年に村山内閣が一時金260万円で「政治解決策」を図った後も訴訟は続き、2004年に国の責任を認める最高裁判決が確定。それを受けてできた特措法も補償の受給条件が厳しく、新たな訴訟を招いた。
今回の国の控訴により、水俣病訴訟はさらなる長期化が避けられない。平均年齢70歳を超える原告団に負担がのしかかる。
福島原発事故を巡って国と争う冒頭の菅野さんは、水俣と重ね合わせて憂う。「水俣の被害者は何十年もないがしろにされてきた。原発事故だって原告が勝っても控訴、控訴と繰り返される。こんなことがいつまで繰り返されるのか。そうしているうちに事故のことが忘れ去られないか」
◆一審はWHO基準を下回っても発症したと認定
水俣病訴訟の一審判決では目を引く内容があった。
水俣病の原因となるのがメチル水銀。汚染された魚や貝を食べると胃や腸から吸収され、脳に入って感覚障害などを引き起こす。
一審判決は、メチル水銀が一定量以下の摂取を続けても発症しない「閾値いきち」を認めた一方、国連機関の一つ、世界保健機関(WHO)が示した値に疑問を呈する形になった。
具体的にはこうだ。
国によると、体内に摂取した水銀の値は毛髪から推計できる。WHOは毛髪水銀濃度が「50ppm(1ppmは1%の1万分の1)」だと水銀の体内摂取値が一定量を下回り、病気が発症しない閾値になると提示する。
ただ一審判決は、WHOの基準を下回って長期に曝露ばくろしても「発症する可能性を否定できない」と判断。摂取から長期間を経て自覚症状が現れる遅発性水俣病も否定できないとした。
◆国はWHO基準に固執して控訴
国は反発した。控訴理由では、一審判決がWHOの閾値を下回る場合でも発症を認めた点に言及し、「国際的な科学的知見と大きく相違する」と主張した。
国がWHOの基準にこだわるのはなぜか。原告側の徳井義幸弁護団長は「WHOを示し、あたかも客観性があると思われたいのかもしれない。権威主義的で現実を見ていない」とみる。
さらに「WHOの基準は90年代までのデータに基づく。その後の研究で、より低い値で発症した例はいくらでもある」と述べ、不信のまなざしを向ける。
◆処理水海洋放出でも登場するWHO基準
国がWHOなどの国連機関に頼る姿勢は福島第1原発の海洋放出とも重なる。
放出する水のトリチウム濃度について、国はWHOの飲料水基準の1リットルあたり1万ベクレルを大きく下回るなどと安全面で喧伝けんでんしてきた。
国際環境NGO「FoE Japan」の満田夏花事務局長は「処理水全体に含まれる他の放射性物質の総量が示されていない中で、都合よく切り出された数値」と受け止める。
◆「被害当初から住民健康調査がなされなかったことが問題の根本」
水俣病に話を戻せば、そもそもの部分で問題が横たわる。水銀の体内摂取値とWHOの基準に照らし合わそうにも、摂取値のデータが不足しているという。
熊本学園大の花田昌宣シニア客員教授(社会政策学)は「被害が最も大きかった昭和30年代に誰も水銀の毛髪中の濃度を測っていない」と述べる。
WHOの基準も疑問視し「小児はもっと低い値で神経症状を生じるという米国の研究データもある。WHOの数値を控訴の理由とするのは論外だ」と断じる。
2009年施行の特措法に基づき、住民の申請を支援してきた保田行雄弁護士は「かつて不知火海の魚介を食べ、いま水俣病の症状がある人たちにこんな数値で区切るなんて。特措法以前に時間が逆戻りしたようだ」とあきれる。
住民の中には高齢になるにつれ症状が悪化し、手足の震えや感覚障害、からす曲がり(こむら返り)を訴える人が多かった。「(一審判決が触れた)遅発性の症状そのもの」と保田さんは指摘した上、「被害当初から住民健康調査がなされなかったことが水俣病問題の根本にある」と考える。
水俣病特有の症状が出る状況などを丁寧に調べることで、救済が必要な人々を判断することもできる。そうした試みは福島原発事故の被災地でも欠かせず「国の責任で健康調査を継続するべきだ。水俣を福島の教訓としてほしい」と願う。
先に触れたように、水俣病訴訟の原告は高齢化が進む。国の控訴を受けて「私たちが死ぬのを待っているのか」と話す原告もいる。
徳井弁護団長は「判決を喜んだ分、失望も広がっているが前を向きたい。(同様の訴訟が続く)熊本、東京、新潟の各地裁での勝訴につなげて、政治に認めさせたい」と先を見据える。
◆デスクメモ
国連機関は福島絡みでもよく登場する。処理水の基準値で国が引き合いに出したり、県と覚書を交わしたり。水俣病訴訟で「国連は信用ならぬ」となれば、福島でも不信が渦巻き、収拾つかなくなる。だから国は「信用ならぬ」とした判決を拒んだのでは。考えすぎ、なのだろうか。」(榊)