ippo2011

心のたねを言の葉として

甘粕は〝日本帝国にとって大切な溥儀〟の護衛に全力を注いだ

 砂糖に群がる蟻のように、溥儀に会いに来る旧臣たちを、甘粕はニベもなく追い返した。こうした甘粕の行為を、溥儀はやはり権勢欲、または物欲から出たものと眺めたであろう。だが溥儀の想像のように甘粕に多少とも私欲があれば、のちに〝満州の甘粕〟と恐れられた勢力は持ちえなかったと思われるし、反面もっと楽に世渡りができただろう。溥儀はかつて甘粕のような男に出会ったこともなく、人間の中にそういう種類もあるということを想像もできなかったであろう。
 栄達を狙って相争う旧臣たちの中心にいる溥儀自身も、清朝復辟に烈しい意欲を抱き、とにかく皇帝になりたかった。彼はその特殊な生い立ちの中で、人を信じない人間になっていた。側近にさえ本心を率直に示そうとしない。これは、血統以外に帝位に通じるカードを持たぬ弱者の溥儀の保身術であり、処世術であった。多分に後天的なものであろうが、この陰湿な溥儀の性格は、甘粕とは対照的である。甘粕は〝日本帝国にとって大切な溥儀〟の護衛に全力を注いだが、彼に対して人間同士の好意を抱いたとは想像できない。

 

(『甘粕大尉』 角田房子)