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心のたねを言の葉として

国大法改正「立法事実の公文書なし」が深刻な理由、国会を軽視し、立法の基本をないがしろにした行為

国大法改正「立法事実の公文書なし」が深刻な理由、国会を軽視し、立法の基本をないがしろにした行為

toyokeizai.net

 

 「5月24日に(改正国立大学法人法の)原案を決めるまでの公文書はあるか」

 12月12日に開かれた参議院文教科学委員会で、「国立大学法人法」改正に向けた審議が行われた。その中で、立憲民主党蓮舫氏は改正法の原案作成プロセスについて冒頭のように切り込んだ。

 この質問に対し、文科省高等教育局長の池田貴城氏は「きちんとした公文書については見当たらなかった」と答弁した。盛山正仁文部科学大臣は「(公文書は)法案の審議が終わったところでまとめるべく作業をしていた」と述べた。

 

■立法事実は法律の必要性を支えるもの

 「立法事実」とは、その法律をつくる(あるいは改正する)必要性や合理性を支える事実である。だが、改正国立大学法人法では、発案者である文科省が、原案を固める前に立法事実の存在をどのように認識して、検討したのかがわかる公文書を作成していなかったというのだ。

 にもかかわらず、改正法は同委員会での可決を経て翌12月13日に参議院本会議で採決にかけられ、自民・公明の両与党や日本維新の会、国民民主党などの賛成によって成立した。

 そもそも国立大学法人法は、2004年4月の国立大学の法人化を控えた2003年につくられた。「国立大学を設置して教育研究を行う国立大学法人の組織及び運営」(同法第1条)を定める法律である。政府はその後の法改正などで、学長のトップダウンによる大学改革が進めやすいように学長の権限を強めてきた。

 今回の改正法は、一転して学長への権限集中を是正する内容になった。中身の柱は、一定以上の大規模な国立大学法人(理事が7人以上の大学のうち、規模の大きさなどから政令で指定する法人)に対し、6年間の中期計画や予算などの重要事項を決める運営方針会議の設置を義務付けるというものだ。

 ただ、この運営方針会議をめぐっては多くの国立大学関係者らが反対し、物議を醸していた。

 従来は、学長が中心となって決めてきた国立大学の意思決定を、学長と学外の有識者を想定する3人以上の委員で構成される運営方針会議が担うと定めている。この委員の任命には文部科学大臣の承認が必要なため、「政府介入が強まる」「大学の自治を脅かす」という懸念や批判が噴出している。

 

 当初、運営方針会議は「国際卓越研究大学」に選ばれた国立大学法人だけが対象になるはずだった。国際卓越研究大学は、政府が設立した10兆円規模の大学ファンドから毎年、百億円~数百億円程度の助成を受けられる。そのため、運営方針会議の設置によるガバナンスの強化をセットにする、という理屈だ。

 ところが、文科省は10月下旬に突如として、一定規模以上の国立大学も設置義務の対象に入れる改正法案を公表した。

■結論ありきの「後出し」はだめ

 改正法の中身の是非はともかく、立法事実を示す公文書が作成されずに改正法が成立してしまったこと自体が、大きな批判を呼んでいる。

 何がどう問題なのか。

 今回のケースで言えば、運営方針会議の設置対象を拡大する必要性は何で、それがどういう理由で、どこから出てきたものなのか――そうした立法の根拠たる事実を示せることが、立法の合理性を担保する。

 立法の出発点である原案作成において、立法事実は土台になるものだ。原案作成の前に、まずは立法事実をよく調査し、検討すること。この順番が非常に大切である。

 なぜならば、仮にもし、先に原案を固めてから、その原案に必要な材料を集めて立法事実とする順番であれば、それはもう「結論ありきの後出し」でしかないからだ。そのようなやり方では恣意的な立法になりかねないし、原案に都合の良い事実が意図的に集められる恐れもある。

 そうした事態を防ぐためには、先にきちんと立法事実を整理する手順を遵守する。そして、適切なプロセスで進めた証拠として議事録を、時系列を改ざんできない形の公文書として残す。今回の改正法の原案作成過程では、こうした基本がないがしろにされていた。

■立法事実の妥当性を審議できない

 また、立法の妥当性を審議するのが立法府たる国会の役割だが、立法事実の過程を示す公文書がなければ、適切に審議をすることはできない。盛山大臣の「審議が終わってから公文書をまとめるつもりだった」という答弁は、国会の審議を軽視したと取られても仕方がない。

 改正法を所管する文科省高等教育局の国立大学法人支援課に、上述の問題点について見解を問うた。担当者は「ご指摘はその通り。(原案策定の)過程を残すという意識が弱かった」と認めつつ「ただ、意図的に残さなかったというわけではない」と釈明した。

 国のルールを決める立法のプロセスで大きな欠陥があったことは、イチ法案の手続き上の不備で済ましていい問題なのだろうか。