永井隆 『いとし子よ』
私たち日本国民は、憲法において戦争をしないことに決めた。憲法で決めるだけなら、どんなことでも決められる。憲法はその条文どおり実行しなければならぬから、日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。どんなに難しくても、これは善い憲法だから、実行せねばならぬ。自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。
これこそ、戦争の惨禍に目覚めたほんとうの日本人の声なのだよ。しかし理屈はなんとでもつき、世論はどちらへでもなびくものである。日本をめぐる国際情勢次第では、日本人の中から、憲法を改めて戦争放棄の条項を削れ、と叫ぶ者が出ないともかぎらない。そしてその叫びが、いかにももっともらしい理屈をつけて、世論を日本再武装に引きつけるかもしれない。
そのときこそ、……誠一(長男)よ、カヤノ(二女)よ、たとい最後の二人となっても、どんなののしりや暴力を受けても、きっぱりと『戦争絶対反対』を叫び続け、叫び通しておくれ! たとい卑怯者とさげすまされ、裏切者とたたかれても『戦争絶対反対』の叫びを守っておくれ!
愛されるものは滅ぼされないのだよ。愛で身を固め、愛で国を固め、愛で人類が手を握ってこそ、平和で美しい世界が生まれてくるのだよ。
いとし子よ。
敵も愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。敵がなければ戦争も起らないのだよ。