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心のたねを言の葉として

電力の2割程度を原子力で 実現性は 2024/12/20

電力の2割程度を原子力で 実現性は

 

12月17日。日本の電力政策の骨格となる、新たなエネルギー基本計画の素案が公表された。

この中で示されたのは2040年度の電源構成。

電源の脱炭素化と電力の安定供給を両立させるため、再生可能エネルギーを最大の電源とする一方、原子力も最大限活用し「2割程度」になるとした。

昨年度の実績と比較すると倍以上にあたる。

今政府は、原発の最大限の活用に舵を切り、新たな原発の建設も進める方針だ。

原子力は再びエネルギーの主力となりうるのか。現場を取材した。

(新潟局 伊藤奨・奥村敬子/科学・文化部 橋口和門)


道半ばの再稼働

現在、国内には33基の原発がある。

このうち、東京電力福島第一原発の事故のあと再稼働したのは14基。
2040年度に「2割程度」を実現するには、ほぼすべてが稼働する必要がある。

しかし、未稼働の19基のうち7基は原子力規制委員会による審査中で、9基は審査の申請もしていない。

また、残る3基は審査に合格したものの再稼働の見通しは立っていない。

いったいなぜなのか。

準備進める現場は

 
準備進める現場は
柏崎刈羽原発
新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発

7基ある原子炉の総出力は約821万kWと国内最大規模だ。

首都圏に電力を供給する重要な電源として、今回示されたエネルギー基本計画の素案でも、再稼働に向けて政府を挙げて対応するとされている。
7号機原子炉建屋
6号機と7号機はすでに原子力規制委員会の再稼働の前提となる審査に合格。

7号機ではことし4月に原子炉に核燃料が入れられ、6号機も来年6月に核燃料を入れる計画で、設備面の準備は最終段階に入ろうとしている。
今回、再稼働に備えて行われている訓練の現場を取材することができた。

取材したのは地震津波ですべての電源を失って重大事故が起きたという想定の訓練。

社員たちが長さ150メートル、重さは230キロに及ぶケーブルを運んで、電源を復旧する手順を確認していた。

原発事故の教訓を胸に

東京電力が、こうした訓練を行う背景にあるのが13年前の福島第一原発の事故だ。

二度と原発事故を起こさないようにするため、東京電力柏崎刈羽原発で、電源を必要としない非常用の冷却設備の新設や、非常用発電機がある部屋の水密化など安全対策を強化してきた。

こうした設備を備えてもなお重大事故に至るような危機的な状況に備え、東京電力は現場の人間の力量を向上させ続けることが重要だとしている。
東京電力 長谷川拓グループマネージャー
「震災以降、会社に入社したメンバーも多い中で、こうした緊急時対応能力を日々、訓練で磨き上げ人材育成を続けている。安全対策設備を動かすのは結局人間なので、今後も訓練を継続して行って力量をあげていきたい」

慎重姿勢の新潟県知事

だが、国や東京電力が再稼働への準備を進める中、新潟県の花角知事は慎重な発言を続けている。
新潟県 花角知事
「県民の受け止めについてさまざまな場で意見を聴き、県民の意思がどう固まるのか見極めていきたい」
背景にあるのが地元で広がる、事故の際に避難などを円滑に進められるのかという懸念の声だ。

ことし1月の能登半島地震で多くの道路が寸断され建物が倒壊するなどしたことも、その声に拍車をかけている。

原発周辺に広がる不安

原発から10キロ離れた柏崎市の山あいの集落に住む品田高志さん(65)もそうした懸念を抱く1人だ。
品田さんが住む地区では、原発で重大事故が起きた場合、原則、被ばくを抑えるため自宅などにとどまる「屋内退避」をすることになっている。

しかし、原発事故に大雪が重なる複合災害が起きたらどうするのか…。

品田さんの記憶に新しいのが2022年12月の記録的な大雪だ。
2022年12月 新潟県柏崎市
集落では交通がまひした上、5日間にわたって停電が続き、生活に大きな影響が出た。
品田さん
「一時的ですけど道路除雪がままならなくて、孤立的な状況になった。今回の大雪からすればリスクが高まった時にどうするんだろうという不安は少なからず大きくなった」
特に困ったのが寒さ対策。

停電でこたつやエアコンが使えず、石油ストーブや湯たんぽで寒さをしのいだという。

さらに固定電話が使えなくなったうえ、スマートフォン基地局の電源の問題で一時使えなくなった。

大雪で集落の一部が“孤立”

当時、町内会長を務めていた品田さんは、状況を伝えるため集落に配備された防災行政無線で同じ地区の自主防災会本部に連絡しようとしたが、本部がある施設は大雪で担当者が1人しか出勤できなかった上、避難所の開設などの対応に追われ連絡がつかなかったという。
2023年1月 柏崎市北条地区
大雪や倒木で集落内の移動や連絡も十分に行えず、集落の3世帯の安否確認も困難に。

除雪業者もなかなか来られず、集落内の主要な道路の除雪が終わったのは3日後だった。

品田さんは当時の経験から、大雪と原発事故が重なった場合、外部からの支援が得られず、体調を崩す住民が出るのではないかと危惧している。
品田さん
「この集落は年寄りだらけですから健康状態の維持は非常に難しいといいますか。慎重に考えていかないといけないんだろうなと。屋内退避をするにしても、インフラ関係が完全にふだんどおりであれば可能だけど、一部でもインフラが滞っていたりしたときに本当にできるのかどうかは不安ですね。本番のときに、本当に大丈夫なのか」

県民投票を求める動きも

 
県民投票を求める動きも
いま新潟県内では市民グループが中心になって、再稼働の是非を問う県民投票条例の制定を求める署名活動が行われている。

これまでに集まった署名は、県に条例の制定を直接請求するのに必要なおよそ3万6000人分を超えているという。

知事は国の対応を注視

住民の不安の声がある中で、新潟県原発で重大事故が起きた際の避難道路の整備などについて国と協議している。

また、大雪への対策として除雪車の増台や、除排雪や監視体制の強化を求めていて、花角知事は再稼働に同意するか判断する上で国の対応を注視している。

原発の再稼働の前提となるのは、地元の理解だ。

新潟県内では、地域の活力のために再稼働を望む声もある一方、避難対応や事故を起こした東京電力への不信感、そして発電した電力が地元ではなく主に首都圏に供給されることへの複雑な思いもある。

国内最大規模の原発は、再稼働に向け歩みを進めるのか。

先行きは見通せない。

原発最大限活用”のもう一つのカギは

原子力で電力の「2割程度」をまかなおうとするとき、再稼働に加えて、もうひとつのカギとなるのが原発の新設だ。
33基ある原発のうち4基は2040年までに運転開始から60年を超える。

さらに2040年代のうちには60年を超える原発が13基にのぼり、順次廃炉となる見込みだ。

このため今回の計画の素案では、廃炉を決定した原発を持つ電力会社が自社の原発の敷地内で次世代型の原発に建て替えることを進めるとした。

ただ、建設を担う原子力産業界は、厳しい現実にさらされている。

原子力支える産業は

 
原子力支える産業は
取材したのは、兵庫県尼崎市にある創業100年を超えるバルブメーカー。

原子炉に水を送る配管などに取り付ける安全上重要なバルブを製造し、50年以上にわたって全国の原発に納入してきた。

しかし、福島第一原発事故を境に、新規の受注は大きく減少。

原子力部門の売り上げは、一時事故前の4割ほどに落ち込んだ。

バルブを製造する機会が減ったことで、課題となっているのが技術力の維持だ。
原発のバルブには、高温高圧に耐えられる性能が求められ、原子力規制委員会の検査をはじめとする数々のチェックをくぐり抜けなければならない。
しかし、製造経験のある技術者の多くが55歳を超え10年後には定年を迎える中、若手に経験を積ませる機会に乏しく、技術の継承が難しくなっているという。

また、具体的な原発の新設計画が打ち出されていないため、設備投資にも踏み切れていない。
奥井一史社長
「安全上重要なバルブの設計製造は、新増設やリプレースでしか経験できないことが非常に多い。原発の新設となると設計開始から運転開始まで10年以上と長期間にわたる。人材育成や設備投資はまったなしという状況なので積極的に推進してほしい」

サプライチェーンの劣化が建設コストにも

国内では最後に新しくつくられた原発が運転開始してからすでに15年がたち、建設に携わった企業や人材は減少傾向にある。

こうした状況は、同じく長期間原発がつくられず、久しぶりに建設を再開した欧米で深刻な影響を及ぼしている。

フランスやイギリスでは新しい原発の建設が進んでいるが、建設期間が長期化し、部品製造が滞るなどした影響で、建設コストが当初の見込みの倍以上の数兆円規模に膨らんでいる。

大手電力会社でつくる電気事業連合会は、原発の新設には巨額の初期投資が必要なうえ、事業期間が長期にわたることから投資を回収できなくなるリスクが大きいとして、政府に対し民間の投資を後押しする仕組みの検討を求めている。

政府も検討を進めているが、最終的に電気を使う消費者から回収する形になる可能性もあり、結論は出ていない。

これからのエネルギーの話をしよう

2040年度に原子力で電力の「2割程度」をまかなうというエネルギー基本計画の電源構成は、現状、実現のハードルが高い。

この電源構成について、政府は、達成しなければならない目標ではなく、試算を行った結果としての見通しだと位置づけている。

ただ、脱炭素化と安定供給の両立は避けて通れない課題であり、将来のエネルギーをどう選択するかは私たちの生活や産業力に直結する問題だ。

原子力も含めどの電源をどう使ってそれを実現していくのか、政府は具体的に説明していく責任があるし、私たち自身も関心を持って見ていく必要があるのではないか。

(2024年12月21日「おはよう日本」で放送)