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心のたねを言の葉として

『民衆暴力』 藤野裕子

『民衆暴力』 藤野裕子

                        関川宗英

 

 

 『民衆暴力』のあとがきで著者は、そもそも本書をまとめる決意のきっかけは、「前著の刊行以後、歴史修正主義が行政にまで入り込んでいることを痛感せざるを得なかったこと」だと書いている。

 「前著」とは『都市と暴動の民衆史』(有志舎 2015年)という専門書である。

 2015年といえば、憲法の解釈を変え、集団的自衛権を可能とした安保法制が作られた年だ。

 また、この2015年は、戦後70年談話(安倍談話)が発表された年でもある。50年談話(村山談話)、60年談話(小泉談話)などで使用された4つのキーワード(「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「お詫び」)を安倍晋三も使用したが、それは日本がこれまで繰り返し反省とおわびを表明してきたことを間接的に引用したものだった。

 そして、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と明記している。今後、際限なく謝罪を続けることはない、という意思表示も明確に行った。

 さらに、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」とした。これは、日本の対外侵略の歴史を修正し自己肯定的にとらえようとするものだ。

 

 その前年の2014年1月に、新しくNHKの会長に就任した籾井勝人が、就任会見で、旧日本軍の従軍慰安婦について、「戦争をしているどこの国にもあった」などと発言して、物議を醸していた。

 

 2017年、東京都の小池百合子知事が、毎年9月1日に開催されている「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に、知事名の追悼文を送らない決定をした。過去の知事は送ることが通例となっており、それを覆すことの政治性が問題になった。2020年の追悼式まで連続4年、小池百合子知事は追悼文を送っていない。(追記 小池百合子は2021年も追悼文を送らなかった)

 

 2015年ごろを少し振り返っても、歴史修正主義者たちの動きは、藤野裕子の言葉の通り、より露骨になってきていると言わざるを得ない。