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心のたねを言の葉として

ルビコン川渡った日銀、追加利上げで支払う巨額利息

コラム:ルビコン川渡った日銀、追加利上げで支払う巨額利息=熊野英生氏

2024/6/20

 

jp.reuters.com

 


  日銀は、次の利上げをいつ実施するのだろうか。筆者は、7月末の金融政策決定会合で、政策金利を0.25%に引き上げる可能性は高いとみている。


[東京 20日] - 日銀は、次の利上げをいつ実施するのだろうか。筆者は、7月末の金融政策決定会合で、政策金利を0.25%に引き上げる可能性は高いとみている。
だが本稿はそのことを詳しく検討しようというものではない。それとは別に、追加利上げをすると、日銀が巨額の利息を当座預金の超過準備に対して支払わなくてはならなくなるという点を検証したい。この利息は、主に銀行収益をかさ上げすることになるが、その金額は多くの人が考えるよりもはるかに大きい。つまり銀行収益を極めて大きく押し上げて、金融仲介機能にも多大な恩恵を与えるのだ。この論点も後ほど考えてみたい。


国債買入減額幅が「相応の規模」になる意味>
まず、この問題が日銀の長期国債の買入減額と深く関係していることを明らかにしておく。
6月14日の植田和男総裁の記者会見では、7月末の会合で具体的な長期国債買い入れの減額幅を決めるとした。そして、その減額幅が「相応の規模」だと表現した。ニュアンスは、思っているよりも大きいですよ、という感じだろう。

筆者は、今後1─2年という段階的縮小(テーパリング)の期間が終わると、減額幅が月間3兆円くらいにまで拡大してもおかしくはないとみている。なぜ日銀が金融機関にわざわざ1カ月以上かけてヒアリングするのかと言えば、その「相応」の額がきっと大きいからだろう。もし減額幅が1兆円程度であるならば、6月会合でさっさと発表しているはずだ。わざわざヒアリングをするのは、1兆円程度ではなくもっとインパクトのある大きな金額を減額したいという思惑があるからに違いない。
公表資料から現時点での長期国債の償還額を計算すると、月平均6.4兆円。つまり、買入が6兆円程度あったこれまでの状況では長期国債保有残高はほとんど減らない計算だ(月0.4兆円程度)。この買い入れ額を例えば、3兆円ほど減らすと何が起こるのかを考えると、毎月3.4兆円のペースで日銀のバランスシートが圧縮される。すると同時に日銀当座預金も減る。年間マイナス41兆円くらいだ。

ところで日銀は、準備預金制度を適用している金融機関に、当座預金に所要準備額(法定準備預金額)を積むことを義務付けている。その残高は、2024年5月で13.2兆円になる。一方で日銀は、国債を買い入れる際、主に民間銀行が保有する長期国債を購入し、その代金を各銀行が保有する当座預金に振り込んできた。これが所要準備を超えた超過準備の拡大を招き、その残高は469兆円に達している。
3月のマイナス金利解除の後、日銀はこの超過準備に対し、0.1%の付利を行っている。年間4690億円の支払利息になる。
もしも、7月に追加利上げをして0.25%とすると、その支払利息は年間1.17兆円に膨らむ。仮に、政策金利を1.0%まで引き上げると4.7兆円だ。22年度の全国銀行の経常利益は4.2兆円になる。日銀の支払利息がいかに巨額かがわかると思う。


<日銀に大きな負担>
これで、なぜ日銀が超過準備をなるべく大きく削減したいのか、またなぜそれには国債買入の減額が必要なのかという動機がわかっただろう。

しばしば、日銀のバランスシート問題が騒がれるが、フローの赤字も深刻だ。2023年度の日銀決算では、経常利益が4.6兆円だった。下手をすると、追加利上げの影響で日銀の納付金は吹き飛んで、赤字に転落してしまいそうだ。日銀が政府に納付して、その他の収入に充当されている金額がゼロになるのは、政府にとっても手痛いことだろう。だから、日銀の長期国債買入額はなるべく早期に減額したいというのが、植田総裁の思いであろう。
超過準備469兆円を先々どのくらい圧縮できるかを計算すると、年間マイナス41兆円の削減額が12年間続けば、超過準備はゼロになる。植田総裁は、超過準備ゼロを目指している訳ではないと言うが、極力減らしたいと思っているはずだ。


<受取利息の使い道>
読者の中には、銀行収益が日銀からの支払利息によってかさ上げされるのならば、銀行がその分を預金金利の引き上げに回せばよいと考える人もいると思う。日銀が赤字になっても、マイナス金利で奪った分を返還するのだから仕方ないだろうという意見も出てきそうだ。
しかし、銀行は銀行で増加する受取利息を使うあてがあると思う。それは、日銀の利上げに伴って増加が予想される不良債権コストへの充当だ。ここには、その損失に備えた引当金の上積みもあるだろう。
また、金利上昇局面では、銀行の保有国債にも含み損が発生する。満期保有以外の部分は、時価評価をしなくてはいけない。もちろん、長期金利が上昇するので、銀行が受け取る利息収入でカバーできる部分も大きくなると考えられる。金利上昇が起きても、全体では収支が改善して、それで回っていく世界になるだろう。
筆者は、日銀が銀行に支払うことになる利息も、金融取引が正常化していくための原資になっていくと考えるので、不当な利益を供与することにはならないと理解する。いずれにしても、超過準備は遠い将来にはなくなっていく存在であろう。


<政府債務の重荷>
ここまで、日銀が超過準備に支払わなくてはいけない利息が、いずれ巨大化する可能性があることを中心に考えてきた。これは、日本の国全体では部分的な問題でしかない。なぜなら、政府は1000兆円を超える債務残高を持ち、その支払利息もまた巨大化するリスクを抱えているからだ。
これは時限爆弾と同じで、10年満期の長期国債が満期になった時点で、それまでよりも高い金利に洗い替えされる。つまり、支払利息の巨大化は、今後、10年満期の長期国債ロールオーバーされたときに徐々に進んでいく。


政府は今年度の骨太の方針で、基礎的財政収支(プライマリー・バランス、PB)黒字化目標の達成を25年度に据え置くことを確認した。これはきっとギリギリの選択だったのだろう。名目国内総生産(GDP)を膨らませるとしても、PB黒字化で債務残高を減らし始めることが、債務の発散を食い止める条件になる。
おそらく、政治の世界ではそうした認識が乏しく、日銀がマイナス金利解除でルビコン川を渡ったことに気付いていないと思われる。もはやデフレではなくインフレの世界、金利がある世界に変わったことを正しく理解しなくてはいけない。


編集:宗えりか
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。