ところで、写真家井上博道氏は、幼いころから上司海雲氏に親しみ、長じては境内を歩きつくし、東大寺の一塵一露まで愛してきた人なのである。
(中略)
青木が編集のしごとをしている窓から、銅ぶきの龍大図書館の緑青の大屋根がみえる。
香住の田舎からきた学生は、ある時期、毎日のように払暁前にその大屋根にのぼっていたらしい。この学生は、その大屋根から国宝唐門の内側を見おろすのである。
唐門は、透かし彫りの彫刻でできあがっているために、昇りそめた陽光が唐門の表に当たるとき、透かし彫りのすきまから光が針のようにほそくするどく裏側につきとおる。その瞬間を、この学生は大屋根から撮るべく幾日も通っていたという。
(『十六の話』より)